名古屋の弁理士がスタートアップ・ベンチャーの知財戦略を解説第3回(株式会社One Tap BUY(ワンタップバイ)編)
地元名古屋でスタートアップの機運を高めようと、奮闘している弁理士の佐藤です。スタートアップの創業者の方とお話していると、皆さん知的財産についてよく勉強されており、その効果や怖さみたいなものは理解されている方が多いです。
しかし、実際に「知財を使ってどのようにビジネスを上手く進めるのか」という点についてはアイデアをお持ちでないことが多いように思います。もちろん、ビジネスの方向やビジネスの種類によって知財の関り方は大きく異なり、一概にどのように知財を活用すればビジネスが有利になるかということを語ることは出来ません。
そこで、これまでに成功しているスタートアップ・ベンチャー企業の知財戦略を公開情報から読み解くことで類似の業態の知財戦略に触れていただくべく、この弁理士による知財戦略を解説シリーズを始めてみたいと思います。今回は第3回目です。
株式会社One Tap BUYの選定理由
3回目に知財戦略をご紹介するのは、株式会社One Tap BUYさんです。3回目の企業として株式会社One Tap BUYさんを選定させていただいた理由は、年金のほかに2000万円の貯蓄が必要という金融庁の報告書にもあったとおり、今後は投資というものの重要性が高まっています。その投資というものをスマホで行うことに特に力を入れている企業だからです。また、取引量に関わらず定額980円で株式取引ができるのも特徴的です。
株式会社One Tap BUYの基本情報
名称 | 株式会社One Tap BUY |
設立 | 2013年10月 |
識別番号(特許庁付与) | 514108584 |
特許出願件数 | 18件 (拒絶確定:1件、係属中:8件) |
特許権保有数 | 9件 |
商標出願件数 | 24件(拒絶確定:9件、係属中:3件) |
商標権保有数 | 12件 |
※2019年6月20日現在
株式会社One Tap BUYは上記のように、特許出願だけでなく商標出願もしっかりと行っていることが分かります。また、特許出願の多くがPCT出願(国際特許出願)である点も大きな特徴です。
株式会社One Tap BUYの特許戦略
最初の特許出願は、設立後約9カ月後の2014年7月10日になされています。しかも、同日に2つのPCT出願(国際特許出願)を行っています。最初から、PCT出願を選択しているあたりが、国際的にビジネスを進めていきたいという意思のあらわれだと考えます。PCT出願のISR(国際調査報告)では、請求項1こそ認められていませんが、一部の請求項で特許性が認められています。
しかも、国内段階で安易に請求項を特許性が認められた構成に限定するのではなく、必要最小限の補正を行うことで特許査定を得ています。権利を取得するだけでなく、権利範囲を意識した権利化ができている証拠だと言えます。その後これらのPCT出願は外国には移行していないため、ひょっとするとISRを得るためだけにPCT出願を選択しているのかもしれません。
これらの特許出願の内容を見ると、アカウントアグリゲーションを使用してユーザの金銭情報に動きがあったときにポイントを付与する(特許第6262346号)ものや、アカウントアグリゲーションを用いて家計簿を利用時のポイントと家計簿データを紐付けて送信する(特許第6219311号)ものが登録となっています。これらのポイントを利用したシステムは現在提供しているサービスにないことから、創業当初にリリースしている「マイバンカー」というアプリに対応した特許になっていると考えられます。請求項中にも「金銭的価値を有するポイント」という文言を使用しており、マイバンカーの”初めての「稼げる」家計簿アプリ”という売り文句と対応しています。このあたりも、特許権と連動できており、知財担当がしっかりと特許の本質を理解していると言えます。
その後も継続して特許出願や分割出願を実施しており、金融取引の関する特許権を取得しています。中でも、取引銘柄のアイコンを表示し、アイコンを選択したらその取引銘柄の取引画面を表示する(特許5946982号)のようにユーザ操作性の向上✕スマホという技術をしっかりと特許で保護しています。また、特定銘柄の利益額を指示して売却するという斬新な機能についても特許権を取得しています(特許第5823084号)。そして、これらの特徴的な発明については、やはりPCT出願を利用し、米国・中国にも出願しています。
この特許出願の仕方を見ても、独自技術の保護と世界戦略を考えていることが分かります。優秀な知財担当者がしっかりと知財戦略を練っていると考えられます。
また、早期審査や分割出願といった知財の手法もしっかりと利用されています。分割出願をうまく利用することで、2015年の出願がまだ係属中になっています。競合の登場や時代の流れをみて補正により権利範囲を修正し競合の参入を阻むためであると思われます。
以上の通り、株式会社One Tap BUYは知財の本質や制度を理解し、それをビジネスに活かす知財活動ができていると言えます。
株式会社One Tap BUYの商標戦略
商標出願については、2014年4月にマイバンカーという社名とロゴについて商標出願がなされています。2015年1月にマイバンカーという名前からワンタップバイに商号変更しているようです。この変更後の社名についても、2014年12月に商標出願しており、対応が非常に速いと言えます。また、同時に指でタッチしているようなロゴや、「証券」のつかない株式会社、も出願しています。
そして、さすがだなと感じさせるのは、「銀行においたまま買付」というサービスについては、似たような名称を9つ同日に商標出願をしています。理由については推定ですが、1.確実に登録になるものを使うため 2.候補の名前を全て押さえておいてゆっくりと選定、するためであると考えられます。そして、そのうちの1つだけ実際に登録しています。それ以外についても登録査定は出ていたので、理由2.の方がメインかもしれません。
総括
株式会社One Tap BUYの知財戦略について解説させていただきました。これから起業される方がどの程度・どのタイミングで・どのような知財権を取得するべきかご参考になれば幸いです。特にOne Tap BUYの知的財産活動は非常に参考になると思います。独自技術をしっかりと権利として保護し、商標でブランドも保護しています。知的財産担当が設立当初から頑張っているのが透けて見えるような気がしました。
※上記は公開情報を用いた個人的な推測であり、掲載企業の実際の知財戦略とかけ離れている場合がございます。